POSS ジフルオロボロン光触媒によるスルフィドの選択的酸化
本ページは英語原文の日本語版です。English version: POSS Difluoroboron Photocatalysts for Sulfide Oxidation/中文版: POSS 二氟硼光催化剂:硫醚选择性氧化制亚砜
Mateusz Janeta と Sławomir Szafert は、2025年4月17日付の Inorganic Chemistry Frontiers 誌に “Polyhedral oligomeric silsesquioxane difluoroboron complexes as cooperative octo-site catalysts for the photooxidation of sulfides to sulfoxides” と題する論文を発表し、新規な非金属系光触媒の開発について報告した。この触媒は、ジフルオロボロン錯体で官能基化されたかご型シルセスキオキサン(POSS)を骨格とする。

主な成果
- 触媒設計。著者らはイミン官能基化 POSS を出発物質として、三種の新規ジフルオロボロン官能基化 POSS 錯体、すなわち POSS-tert-BF2、POSS-sal-BF2 および POSS-npht-BF2 を合成した。
- 光触媒性能。これらの錯体はスルフィドの好気的光酸化によるスルホキシド生成において高い効率を示し、シルセスキオキサン骨格をもたない対応化合物を大きく上回った。とりわけ POSS-tert-BF2 の一重項酸素量子収率は 48% に達した。
- 分子内協同効果。本研究は触媒反応における分子内協同作用の実現可能性を示すとともに、その有効性を左右する主要因を明らかにした。POSS の立方かご型骨格が複数の活性点を与え、触媒性能の向上をもたらす。
- 環境適合性。本触媒系は温和な条件下で機能し、酸化剤として分子状酸素を用い、有毒な重金属や危険な試薬を必要としない点でグリーンケミストリーの原則に適合する。
- 再使用性。POSS-tert-BF2 は複数回の反応サイクルを経ても触媒活性の低下が小さく、良好な安定性と回収再使用性を示した。
本研究は、POSS 基ジフルオロボロン錯体が、スルフィドからスルホキシドへの選択的酸化に対して高効率かつ持続可能で再使用可能な光触媒となりうることを示しており、医薬品合成および環境分野への応用が期待される。
一重項酸素量子収率
一重項酸素量子収率(SOQY、Φ(1O2))は、POSS 誘導体の存在下におけるメタノール中の 9,10-ジフェニルアントラセン(DPA)の光酸化を追跡することにより決定した。光触媒による一重項酸素の消光を最小限に抑えるため、光増感剤および DPA はいずれも低濃度で用い、391 nm における DPA の吸光度変化を経時的に測定した。吸光度変化を照射時間に対してプロットすることで SOQY を算出した。
POSS-tert-BF2、POSS-sal-BF2、POSS-npht-BF2、prop-tert-BF2、prop-sal-BF2 および prop-npht-BF2 について算出された Φ(1O2) はそれぞれ 48%、35%、46%、27%、26%、18% であり、一重項酸素の生成において POSS-tert-BF2 が最も高い効率を示した。同一条件下において、八核錯体である POSS-tert-BF2、POSS-sal-BF2 および POSS-npht-BF2 は、対応する単核類縁体 prop-tert-BF2、prop-sal-BF2 および prop-npht-BF2 よりも高い一重項酸素量子収率と DPA 酸化率を与えた。この結果は POSS 骨格を有する化合物における分子内協同効果に帰属され、後続の実験でさらに検討された。
スルフィドの光触媒的酸化によるスルホキシド合成
ジフルオロボロン官能基化されたかご型シルセスキオキサン POSS-tert-BF2 は、高い光触媒能を示すことが明らかにされている。本系は一重項酸素量子収率が高いことに加え、複数の活性酸素種を生成するため、酸化的変換反応において特に有効である。

主要な知見
- 150 W 中圧水銀ランプ照射下、POSS-tert-BF2 をわずか 0.5 mol% 用いることで、メタノール中 0.425 mmol のチオアニソールが 40 分で完全に転化した。
- ターンオーバー数(TON)は 1582、ターンオーバー頻度(TOF)は 2373 h−1 に達した。
- スケールアップ実験では 98% の収率が得られた。
- フェリオキサラート化学光量計による測定から、本系の外部量子効率は 59% と決定された。
- 光照射を行わない場合、光増感剤を加えない場合、および嫌気条件下では転化率が無視できる程度にとどまり、反応が光触媒機構に基づくことが確認された。
純ジクロロメタン中でのチオアニソールの転化率は 30% にとどまったのに対し、同一条件下のメタノール中では 99% に達した。メタノールや水などのプロトン性溶媒は一重項酸素の生成に関与する中間体を安定化し、光酸化を加速することが知られている。この転化率の差は、一重項酸素がチオアニソールの光酸化に関与する活性酸素種の一つであることを示唆する。
フェニル環上の置換基が異なる POSS 化合物の活性を比較すると、立体障害の導入が反応効率を顕著に高めることがわかる。フェニル環の 3,5 位に tert-ブチル基をもつ POSS-tert-BF2 は 40 分で 99% の転化率を与えたのに対し、かさ高い置換基をもたない POSS-sal-BF2 では 70% にとどまった。フェニル環をナフタレン環に置き換えて 5,6 位に立体障害を導入した POSS-npht-BF2 も POSS-sal-BF2 より高い効率を示したが、POSS-tert-BF2 には及ばなかった。これはフェニル環 3 位の立体障害がチオアニソールの転化促進において決定的な役割を果たすことを示している。したがって POSS-tert-BF2 が最も高い効率を示し、以降の詳細な検討対象とされた。
核磁気共鳴分光法による実時間追跡から、POSS-tert-BF2 を光増感剤として用いた場合、チオアニソールからメチルフェニルスルホキシドへの転化はゼロ次速度則に従って経時的に進行し、40 分で完全転化に達することが示された。これに対し prop-tert-BF2 では 40 分後の転化率が 65% にとどまり、完全転化には 60 分を要した。以上の結果は、POSS-tert-BF2 が prop-tert-BF2 よりも高い反応効率と速い触媒性能を有することを明確に示している。
同一条件下において、八核の POSS-tert-BF2 によるチオアニソールの転化率(99%)が単核類縁体 prop-tert-BF2(65%)を上回ることは、POSS-tert-BF2 における分子内協同触媒作用の存在を支持するものであり、一重項酸素量子収率の向上とも整合する。同様の分子内協同効果は、POSS-1 配位子を有する Zn4@POSS-1 によるエポキシドと二酸化炭素からの環状カーボネート生成反応においても既に報告されている。POSS-sal-BF2 および POSS-npht-BF2 においても効率の向上が認められ、POSS-npht-BF2 の収率 90% は prop-npht-BF2 の 60% を、POSS-sal-BF2 の 70% は prop-sal-BF2 の 59% を上回った。

基質適用範囲
メタノール中でのチオアニソール誘導体の光酸化に対する POSS-tert-BF2 の汎用性を評価するため、種々の置換基を有する一連の基質を検討した。電子供与性基 –CH3 ならびに電子求引性基 –CN、–CHO および –C(O)CH3 を有するチオアニソール誘導体は、それぞれ 99%、82%、78%、96% の収率を与えた。オルト位およびメタ位に臭素を有する誘導体も 99% の高収率を示した。

これらの結果は、POSS 基材料系がグリーンかつ効率的な光触媒酸化化学において有望であることを示している。
原著論文
Mateusz Janeta and Sławomir Szafert. “Polyhedral oligomeric silsesquioxane difluoroboron complexes as cooperative octo-site catalysts for the photooxidation of sulfides to sulfoxides.” Inorganic Chemistry Frontiers 2025, 12, 4666–4676.
DOI: 10.1039/D5QI00323G
全文:Inorganic Chemistry Frontiers → RSC Publishing

Comments
Post a Comment